私は子供の頃、5年間ほど習字教室に通っていました。辞めてからは筆を持つこともあまりなく、あったとしても筆ペン。文字を書くことは好きでしたが大人になり働きだしてからは習字のことなど忘れていました。

そんなある日、仕事の関係で、日本に来た外国人のための書道教室に参加することに。文化体験の一つとして私も教える側に立ちました。参加したのはラテン系の方15名ほど。

「とめ」「はね」「はらい」、まずは筆運びの練習から始まりました。漢字の「一(いち)」を何度も書く外国人。初めはただの棒を書いているような感じが、段々とめが出来てきました。姿勢も良くみんな真剣。ちゃんと書道になってる!

筆の使い方のコツを掴めたら、次は日本語!「にほん」や「メキシコ」など簡単な言葉、そしてカタカナで自分の名前に挑戦です。日本語を少し学んだ彼ら、少し練習したら上手に書けるようになりました。

そんな中、一人の女性が私にお願いをしました。

“Can you write LOVE ?”

「(日本語で)ラブと書いてくれますか?」

私は彼女の筆を使い、「愛」と大きく書いてあげました。喜ぶ彼女に私も嬉しくなりました。

するとそれを見ていた男性陣からもお願いが。

「自国にいる彼女にプレゼントしたい!ぼくにも愛と書いて!」

「彼女の名前をカタカナで書きたい。教えてください!」

「好きってどうやって書くの?」

男性から出る言葉は好きな人を想うものばかり。彼ら一人一人に丁寧に教えました。

正座をし精神統一をし一枚一枚丁寧に書くような静かなものではありませんでしたが、誰かを想い心を込めて書くあたたかい書道教室となりました。恋人たち、自国で喜んでくれたかな。

子供の頃の筆で字を書く楽しい気持ちを思い出し、少しでも役に立てたことが嬉しかったです。私も誰かに気持ちを書きたくなりました。

私自身、小学生の時から8年間習字を習っていました。小学生の時は楷書、中学生の時は楷書に加え行書と草書を習っていた為、ある程度きれいな字を書けると自負しています。普段は硬筆での字が整っていてきれいと言われますが、一番役立つのは不意の時のお見舞いやお葬式の香典袋の表書きです。普段字が上手い人でもやっぱり筆ペンで書くのは苦手という人が多いです。習字を習っていた経験がある人は筆運びが正しく、とめ、はね、はらいがきれいです。親戚や友人からも筆ペンで書いてほしいというお願いをされる事が良くあります。また、年賀状の住所と宛名、一言メッセージもパソコンを使わず筆ペンで書いているので、あげた人から心がこもっていて嬉しいと喜ばれることもあります。このようにきれいな字が書けると何かと便利です。

 そのようなこともあり、娘が生まれまず初めに通わせた習い事は習字です。習わせ始めたのはまず硬筆からで、4歳のひらがなを覚える時から習っています。その為、一字一字本当に正しい字を書くことが出来、鉛筆で書いた字でもきれいなはね、はらいが出来ています。その後、習字も途中受験の為中断もありましたが高校2年までの長い間習っていたので、硬筆も習字も特待生にまで達しました。学校の書道大会ではいつも金賞を取ることが出来、全国大会で賞をいただくこともあり、遠くまで賞状をもらいに行った事も何度かあります。先生や友人からも習字を習っていたおかげで字がきれいな子という印象を持たれているそうです。きれいな字はその人にとって一つの財産だと思います。これからも丁寧に字を書くことを心がけたいと思っています。

最近、書道を始めたのですが、字のキレイさはもちろんのこと、普段の姿勢も良くなったんですよね。と言いますのも、書道をする際、だらしのない姿勢で字を書くと、そのだらしなさが字に現れると言いますか、とにかく姿勢が悪ければ、決して美しい字は書けないのです。一方で、背筋をピンと伸ばし、顎を引き、自信に満ち溢れた表情(顔つき)で筆を運ぶと、自然と美しい字が書けるのです。試しに、姿勢の悪い状態と姿勢の良い状態で、同じ字を書いてみてください。きっと、成果物に雲泥の差が現れることでしょう。とまあ、こういったことに気づいた結果、書道をしている間は、常に姿勢を意識するようになりました。

また、それが日常生活にも波及し、おかげさまで常に姿勢を意識できるようになったのです。思うに、書道って単に字をキレイに書くだけの「道」ではないと思うんですよね。例えばそうですねえ、柔道や剣道、華道・・「道」という名のつくアクティビティには、技術的な部分の向上のみならず、心の向上に重きを置いています。心の部分が培われてこそ、技術が劇的に向上するからです。書道だって、同じような事が言えるのであり、本当にキレイな字を書こうと思えば、まずは心の部分を向上する必要があるのです。姿勢を意識することは、そのための一つの手段ですからね、ぜひとも実践しましょう。いずれにしましても、普段の姿勢は、書道にとってとても重要な要素であると同時に、日常生活、ひいては人生においても重要な要素ですからね、今一度目を向けていただきたいものです。

小学校二年生の頃から、中学を卒業する頃までずっと書道教室に通っていました。

まだ自分の字が確立される前に習い始めたので…上達するのは早かったような気がします。最初はもちろん楷書で。その後仮名だったりいろいろやりましたね。ペン字なんかもやりました。

通い始めた理由はものすごく単純で、「友達が通っていたから」。多分、友達が通ってなかったら、通わなかったんじゃないかなと思います。ちなみに、私の兄たちも道連れです。その友達は、その後すぐやめちゃったんですけど、うちの親は「通い始めたんだから続けなさい!」と。やめさせてくれませんでした。当時はそれがものすごく嫌だったんですが、今では感謝しています。

字がうまいことのメリットといえば、やはり社会人になってからのほうが感じますね。文字を書く機会って意外とあるんです。その時に上手だと周りの自分への評価が確実に上がるのを感じます。

ちなみに書道の時、書くのがすごく早いほうなんですが。筆遣いとかの基本ができてるようで、筆先の通り道がきちんと合っていてスゴイ!と大学時代褒められました。難しいことはよくわからないんですけど、普通に書くだけで自然とそういう風になるみたいです。身体に染み付いてる、ってやつなんでしょうか。

字のうまさは努力次第でなんとかなる特技だと思うので。子どもにも書道、習わせたいですね。あと、私自身ももっと上手な字が書けるようになりたいです。子どもと一緒に習いに行く、というのもアリかもしれませんね。

私は小学校3年生くらいから中学校3年生くらいまで書道を習っていました。きっかけは、姉がしていたから私もやりたい。という単純なものだったように思います。

毎週決まった曜日の学校帰りに先生のお家に行き、静かな空間で文字を書くことがとても好きでした。始めたばかりのころは幼かったこともあり、よく先生に「静かにしなさい」と怒られたことも今となってはいい思い出です。

私の通っていた書道教室では、年齢が低いときは楷書、年齢が上がるにつれて行書、草書を学びました。

まずは正しい書き順で痔のバランスを学び、お手本を見ながら紙に書く。という一連の流れが難しく、たった一文字書くだけなのに何度もお手本と自分の紙を交互に見て書いていました。一文字書くごとに「ふぅ…」と息をつくくらい、集中していたので、きれいな文字を学ぶだけではなく、集中力も身についていっていました。

私は字体の中でも行書が一番好きです。

かっちりしすぎず、でも草書のように崩しすぎないからなんて書いてあるかみんなが読める、という点が好きです。

書いていても滑るように書くことができるので、まるで紙の上で筆がダンスを踊っているかのようで楽しく書くことができます。

今ではあまり毛筆はやりませんが、ご祝儀などを書く際は書道をやっていてよかったなと思います。人に見られるものはきれいに書きたいではありませんか。誰が見ても恥ずかしくない文字を書けるようになったのは、幼いころに習っていた書道のおかげだと思っています。

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