私は物心ついたころから字が下手でした。雑、下手、両方だったと思います。小学校高学年になってから、この字は「シ」と「ツ」どっちですかと担任に指摘されて恥をかいたことは今でも忘れられません。中学生くらいになると自分は字が下手だという自覚も持ち始めました。は友達が丸文字などかわいい文字を書き始め、真似してみることもありましたが、私が書いても何か変なのです。高校に入り、自分は字が下手なことに加え周りの友達は字が上手、習字もできるということに気づきました。たまに授業中黒板に字を書かなければいけないときは、苦痛で仕方なかったです。自分の下手な字が上手な友達の字と並ぶ時など、本当に恥ずかしかったです。私のノートを見ていた友達に「字下手だよね」と言われたことさえあります。いつしか字は私のコンプレックス、触れられたくないことになっていました。

大学に入り相変わらず友達は綺麗な字を書いていました。そして就活を意識する頃になり、履歴書を書かなければならないということに気づきました。こんな下手な字では内定はもらえないのではないかという不安にかられ、私は以前から気になっていたユーキャンのボールペン字講座を受けてみることを決めました。名前、住所などテキスト通りにすすめていき、郵送でプリントを送ると添削もしてもらえました。続けているうちにだんだんと自分の字が変わっていっているのがわかりました。1年くらいで講座を終え、始まる前よりはまともになった字で就活を迎えました。あれから10年近く経ちますが、字はまた崩れてきています。やはり意識して綺麗に書くことを続けていないとダメなのかなと思います。子供には字で恥ずかしい思いをしてほしくにいので、絶対習字を習わせようと決めています。

大人になって綺麗な字がかけないのは恥ずかしいと思い、女子力アップに向けてペン字講座を始めました。

ユーキャンのペン字講座は、1日たった20分のなぞりがきレッスンで、手軽に上達することができるというもの。

時間がなかなか取れない人にも手軽に始めることができるので、続きやすいと思いました。

なぞるだけなので、無心になる事もでき、心を落ち着かせたいときにもすごくぴったりだと思いました。

なぞるだけなので簡単だと最初は思っていたのですが、意外に難しく、はみ出てしまったりと上手くなぞることができませんでした。

でも、続けて書くことによって、少しずつ上手く書くことができるようになってきて、楽しくなってきました。

周りの人から、字が綺麗と言われたときには、自分に自信がついたように感じました。

最近では、パソコンが主流になっていますが、パソコンが主流になってきているからこそ、文字が綺麗に書けるのはすごく魅力的なことでもあるのではないかと思っています。

課題を提出した時に帰ってくる結果に、やさしくコメントが書かれており、すごく励みになりました。

独自に字の練習を始めても良かったのですが、やはり誰かに評価され、アドバイスをもらい、励まされながら練習するのはすごく楽しくできると思いました。

ペン字講座は終わりましたが、これをきっかけに硬筆書写検定の試験も目指してみようかなと思っています。

女子力アップというよりも、自分に自信をつけることができたように感じています。

私は30年程前の事になりますが、ユーキャンのボールペン講座を受講しました。社会人になってからでしたが、少しでも綺麗な字を書いたいと思うのは人間誰でもそうではないでしょうか?

おまけに曽祖父が書家だったので、親戚には達筆の者も多い中、私の字は至って普通。読めない程の癖がある訳ではありませんが、達筆には程遠かったのです。

そこでボールペン講座を申し込みました。

テキスト類が一式届き、まず1回目の提出に備えて練習。

1回目でしたが、カナの練習をしたら、もう7~8行の文章を書いて提出でした。返ってきた私の文章は真っ赤っ赤に添削された跡が・・・。

一気にやる気が失せました。

書いてあるアドバイスも生徒を思っての事でしょうが、若い私には「これでは・・・」と先が思いやられてしまいました。そして、二度と提出する事はありませんでした。

ただ、テキスト類はとっておき、時間がある時に少しは練習したりもしていましたが、子供が次々生まれたので、次に見たのは10年程前の事だったでしょうか。

子育てが一段落した頃、私は同じユーキャンで筆ペン講座を受けました。不祝儀の際名前や住所を書く事が多く、サインペンで書くのは嫌だったので受けたのです。

今度は、「こんな私の下手な字でこんなに誉めるもの?」と言う程「誉めて育て」て貰いました。1日で筆ペンを1本使い切る程練習し、まさか「水茎の跡麗しく・・・」とは行きませんでしたが、お陰様で何とか主人と自分の名前だけは書けるようになりました。

友人も昔ボールペン講座を申し込み、1回添削を受けて真っ赤っと腹を立て、テキスト類を全部捨てたそうです。恐らく1~2回提出しただけで辞めてしまう人が多かったり、時代が「誉めて育てよう」という方向へ向かっていたので、ユーキャン側も考えたのでしょう。

これなら他の講座も楽しく受けられるでしょう。

少し前から、ペン字講座に通っています。きっかけは、中学時代の友人に次のような事を言われたからです。「中学生の頃と、字が全く変わってないね」。確かに言われてみると、私の字には特徴がありまして、いわゆる丸文字を多用する癖があるんです。で、これが少々子供っぽく映りまして・・。多分、友人も私の子供っぽい字を見て、そんな事を言ったのだと思います。とまあ、これがきっかけで、もっときれいな字を書きたい、大人として恥ずかしくない字を書きたいと強く思うようになり、新聞の折り込みチラシに入っていたペン字講座に通う決心をしたのでした。さて、ペン字講座に通ってみると、思っていた以上にたくさんの人が来ている事に驚かされます。5,6人程度の少人数で実施されているのかと思いきや、多い時には20人くらいが講座に来ているのです。

ここからだけでも字というのが、いかに重要な要素であるかをうかがい知ることが出来ますよね。皆さん、お金を払ってでもキレイな字を書きたいと思うのであり、そうすることによって、日常生活に大きなメリットがある事を理解しているのです。とまあ、こういった環境の中で、週に1回の頻度でペン字講座に通っているわけですが、この時間が今の私にとって何より充実した時間となっています。わずか1時間程度ではありますが、出されたお題に集中して取り組むと、その後にものすごい達成感や充実感が得られるからです。この感覚は、日常生活の中ではなかなか得られるものではありません。ですので、これから先もペン字講座に通い続けたいと思っています。

私は子供の頃、5年間ほど習字教室に通っていました。辞めてからは筆を持つこともあまりなく、あったとしても筆ペン。文字を書くことは好きでしたが大人になり働きだしてからは習字のことなど忘れていました。

そんなある日、仕事の関係で、日本に来た外国人のための書道教室に参加することに。文化体験の一つとして私も教える側に立ちました。参加したのはラテン系の方15名ほど。

「とめ」「はね」「はらい」、まずは筆運びの練習から始まりました。漢字の「一(いち)」を何度も書く外国人。初めはただの棒を書いているような感じが、段々とめが出来てきました。姿勢も良くみんな真剣。ちゃんと書道になってる!

筆の使い方のコツを掴めたら、次は日本語!「にほん」や「メキシコ」など簡単な言葉、そしてカタカナで自分の名前に挑戦です。日本語を少し学んだ彼ら、少し練習したら上手に書けるようになりました。

そんな中、一人の女性が私にお願いをしました。

“Can you write LOVE ?”

「(日本語で)ラブと書いてくれますか?」

私は彼女の筆を使い、「愛」と大きく書いてあげました。喜ぶ彼女に私も嬉しくなりました。

するとそれを見ていた男性陣からもお願いが。

「自国にいる彼女にプレゼントしたい!ぼくにも愛と書いて!」

「彼女の名前をカタカナで書きたい。教えてください!」

「好きってどうやって書くの?」

男性から出る言葉は好きな人を想うものばかり。彼ら一人一人に丁寧に教えました。

正座をし精神統一をし一枚一枚丁寧に書くような静かなものではありませんでしたが、誰かを想い心を込めて書くあたたかい書道教室となりました。恋人たち、自国で喜んでくれたかな。

子供の頃の筆で字を書く楽しい気持ちを思い出し、少しでも役に立てたことが嬉しかったです。私も誰かに気持ちを書きたくなりました。

私自身、小学生の時から8年間習字を習っていました。小学生の時は楷書、中学生の時は楷書に加え行書と草書を習っていた為、ある程度きれいな字を書けると自負しています。普段は硬筆での字が整っていてきれいと言われますが、一番役立つのは不意の時のお見舞いやお葬式の香典袋の表書きです。普段字が上手い人でもやっぱり筆ペンで書くのは苦手という人が多いです。習字を習っていた経験がある人は筆運びが正しく、とめ、はね、はらいがきれいです。親戚や友人からも筆ペンで書いてほしいというお願いをされる事が良くあります。また、年賀状の住所と宛名、一言メッセージもパソコンを使わず筆ペンで書いているので、あげた人から心がこもっていて嬉しいと喜ばれることもあります。このようにきれいな字が書けると何かと便利です。

 そのようなこともあり、娘が生まれまず初めに通わせた習い事は習字です。習わせ始めたのはまず硬筆からで、4歳のひらがなを覚える時から習っています。その為、一字一字本当に正しい字を書くことが出来、鉛筆で書いた字でもきれいなはね、はらいが出来ています。その後、習字も途中受験の為中断もありましたが高校2年までの長い間習っていたので、硬筆も習字も特待生にまで達しました。学校の書道大会ではいつも金賞を取ることが出来、全国大会で賞をいただくこともあり、遠くまで賞状をもらいに行った事も何度かあります。先生や友人からも習字を習っていたおかげで字がきれいな子という印象を持たれているそうです。きれいな字はその人にとって一つの財産だと思います。これからも丁寧に字を書くことを心がけたいと思っています。

最近、書道を始めたのですが、字のキレイさはもちろんのこと、普段の姿勢も良くなったんですよね。と言いますのも、書道をする際、だらしのない姿勢で字を書くと、そのだらしなさが字に現れると言いますか、とにかく姿勢が悪ければ、決して美しい字は書けないのです。一方で、背筋をピンと伸ばし、顎を引き、自信に満ち溢れた表情(顔つき)で筆を運ぶと、自然と美しい字が書けるのです。試しに、姿勢の悪い状態と姿勢の良い状態で、同じ字を書いてみてください。きっと、成果物に雲泥の差が現れることでしょう。とまあ、こういったことに気づいた結果、書道をしている間は、常に姿勢を意識するようになりました。

また、それが日常生活にも波及し、おかげさまで常に姿勢を意識できるようになったのです。思うに、書道って単に字をキレイに書くだけの「道」ではないと思うんですよね。例えばそうですねえ、柔道や剣道、華道・・「道」という名のつくアクティビティには、技術的な部分の向上のみならず、心の向上に重きを置いています。心の部分が培われてこそ、技術が劇的に向上するからです。書道だって、同じような事が言えるのであり、本当にキレイな字を書こうと思えば、まずは心の部分を向上する必要があるのです。姿勢を意識することは、そのための一つの手段ですからね、ぜひとも実践しましょう。いずれにしましても、普段の姿勢は、書道にとってとても重要な要素であると同時に、日常生活、ひいては人生においても重要な要素ですからね、今一度目を向けていただきたいものです。

小学校二年生の頃から、中学を卒業する頃までずっと書道教室に通っていました。

まだ自分の字が確立される前に習い始めたので…上達するのは早かったような気がします。最初はもちろん楷書で。その後仮名だったりいろいろやりましたね。ペン字なんかもやりました。

通い始めた理由はものすごく単純で、「友達が通っていたから」。多分、友達が通ってなかったら、通わなかったんじゃないかなと思います。ちなみに、私の兄たちも道連れです。その友達は、その後すぐやめちゃったんですけど、うちの親は「通い始めたんだから続けなさい!」と。やめさせてくれませんでした。当時はそれがものすごく嫌だったんですが、今では感謝しています。

字がうまいことのメリットといえば、やはり社会人になってからのほうが感じますね。文字を書く機会って意外とあるんです。その時に上手だと周りの自分への評価が確実に上がるのを感じます。

ちなみに書道の時、書くのがすごく早いほうなんですが。筆遣いとかの基本ができてるようで、筆先の通り道がきちんと合っていてスゴイ!と大学時代褒められました。難しいことはよくわからないんですけど、普通に書くだけで自然とそういう風になるみたいです。身体に染み付いてる、ってやつなんでしょうか。

字のうまさは努力次第でなんとかなる特技だと思うので。子どもにも書道、習わせたいですね。あと、私自身ももっと上手な字が書けるようになりたいです。子どもと一緒に習いに行く、というのもアリかもしれませんね。

私は小学校3年生くらいから中学校3年生くらいまで書道を習っていました。きっかけは、姉がしていたから私もやりたい。という単純なものだったように思います。

毎週決まった曜日の学校帰りに先生のお家に行き、静かな空間で文字を書くことがとても好きでした。始めたばかりのころは幼かったこともあり、よく先生に「静かにしなさい」と怒られたことも今となってはいい思い出です。

私の通っていた書道教室では、年齢が低いときは楷書、年齢が上がるにつれて行書、草書を学びました。

まずは正しい書き順で痔のバランスを学び、お手本を見ながら紙に書く。という一連の流れが難しく、たった一文字書くだけなのに何度もお手本と自分の紙を交互に見て書いていました。一文字書くごとに「ふぅ…」と息をつくくらい、集中していたので、きれいな文字を学ぶだけではなく、集中力も身についていっていました。

私は字体の中でも行書が一番好きです。

かっちりしすぎず、でも草書のように崩しすぎないからなんて書いてあるかみんなが読める、という点が好きです。

書いていても滑るように書くことができるので、まるで紙の上で筆がダンスを踊っているかのようで楽しく書くことができます。

今ではあまり毛筆はやりませんが、ご祝儀などを書く際は書道をやっていてよかったなと思います。人に見られるものはきれいに書きたいではありませんか。誰が見ても恥ずかしくない文字を書けるようになったのは、幼いころに習っていた書道のおかげだと思っています。

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